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2006年12月 7日 (木)

Rugby WC 1999~England vs South Africa @Paris

家のパソコンを整理していたら懐かしいものを発見しました。

学生時代に、ラグビーワールドカップ1999年大会-準々決勝:イングランド対南アフリカを生観戦した時のレポートです。今振り返ってみても、恐ろしく長いレポートです。学生って恐ろしい(笑)。ラグビーに関する講釈+観戦記の二部構成になっていますが、取り合えず観戦記のみを抽出しました。2007年のフランス大会にも行く気満々です。

1999年10月24日ところはパリ。ついに来てしまった芸術の都。街の意たるところにモニュメントや彫刻が張り巡らされている。歴史的遺産が、気まぐれな旅行者にも歴史を問いかけてくるのだ。必要以上にデカイ道路とオフシーズン故に人影がまばらである事が寂しく感じられたが、夜の到来と共に幻想的なイルミネーションの中に佇むフランスの首都は、確実に世界で最も美しい都市のひとつである事を確信した。パリジャン・パリジェンヌの華麗なファッションは、彼らが自由の国の民である事を、視覚を通じて教えてくれた。

パリの北玄関ガール・デ・ノードから一駅。目的地は、予想以上に近くに存在していた。『スタッド・ドゥ・フランス』~思い出されるのは98’FIFA World Cup Final の会場。フランスとブラジルが激戦を繰り広げた誇り高き競技場である。当時のフランス国民の熱狂は今でも記憶の片隅に残っている。

しかし、駅からおよそ10分間の旅は退屈以外の何ものでもなかった。観るべきものが何も無いのである。空白地に、競技場だけを建設してしまったといった類だろう。これでは、気持ちは高ぶらない。イングランドのトゥイッケナムを例に挙げるならば、周辺にはパブが点在し、中年紳士は試合前から、そして、試合後もラグビー議論に花を咲かせることが可能。

そのような、伝統に裏打ちされた雰囲気に欠ける点は残念であったが、ひとたびスタジアムに足を踏み入れると、そこには「異次元」が待ち構えていてくれた。日常生活から完全に隔離された娯楽の世界、戦いの場。近未来的なこの建築物は、斬新なアイデアを全面に醸し出す。どことなくお洒落で、迫力満点のスタッド・ドゥ・フランスはグラウンドから観客席までが非常に近い。7万8,000人以上を収容できるスケールに、だんだんと胸が高鳴る。

空席を探しだす事は容易ではなく、改めてラグビー人気、この対戦カードの注目度を伺い知る事が出来る。理由は明白。イングランドにはホームユニオンとしての誇りをかけた戦いとみなす事ができよう。

アイルランドはアルゼンチンに準々決勝でまさかの逆転負け(28-24)。得点がSOハンフリーズの7PG&1DGのみとはなんともお粗末。優勝候補の一角に名を連ねたウェールズも、前日豪州に(24-9)と、ノートライの明らかな実力負け。組織化された豪州の固いディフェンスを破る事はできず。

一方、スコットランド対ニュージーランドの組み合わせで北半球の勝利を望むことは、現実的に考えて難しい。つまりは、イングランド代表は北半球のプライドのためにも、負けるわけにはいかないのである。

両国の国歌斉唱が始まった。僕は、「ゴッド・セイブ・ザ・クゥイーン」(イングランド国歌)を熱唱する。すこぶる気持ちがいい。「南アフリカの歌声」(南ア国歌)も悪くないメロディーだ。だけれども、会場を突き抜けていくほどの大合唱では無かった。過去、5Nations(イングランド対フランス@トゥイッケナム)を生観戦時に感じた、荘厳かつ、自信漲る迫力には欠けていた。両国共に、アゥエイでの対戦だったからであろう。期待が大きすぎた反動で、少々物足りない気持ちもした。

だけれども、ここはフランス。上空には透き通るような青空が広がっている。僕の右隣には、南アサポーター、左隣にはイングランドーサポーター。前方にはブラスバンド隊が陣取っており、フランスならではの和やかな空気の中、キックオフの笛が鳴り響こうとしている。南アSO/デ・ビーアの右足に会場の熱い眼差しが集中している。

イングランドは、不安要素を抱えていた。すなわち、スターティング15の顔ぶれからは、トライパターンをイメージする事が難しいのである。SOウィルキンソンとCTBガスコットの姿を見つけ出す事が出来ない。ウィルキンソンに関しては、今大会グレイソンの安定感、PGの重要性を考慮したら仕方ないであろう。何しろ、南アのゲインラインを突破する事はほとんど無いであろうから。

しかしながら、ガスコットの勇姿は、この目で確かめたかった。勿論、個人的な想いいれも多分にあるが、この男はイングランドを支え続けてきた実績がある。第2回ワールドカップ(91’大会)時のメンバー、SOアンドリュー、CTBガスコット&カーリングの存在は、イングランドの全盛期を演出していた。ベテラン選手の存在は、重要な試合においてこそその真価を発揮すると信じている。(98’FIFA ワールドカップで、カズはフランスに残るべきであったと確信している)。ガスコットのトリッキーなステップは、真正面から必殺のタックルを仕掛けてくる南アディフェンスに対して、十分通用するはずだった。事実、前回の対戦で、彼は勝利の立役者になっている。(後々知った事だが、ガスコットは大会期間中に引退を表明したらしい)

不安要素を抱きつつも、イングランドの勝利を切に願った。

試合開始早々、南アのイージーなノックオンから、NO8ダラーリオのカウンター攻撃が始まる。彼の突進は間違いなく世界トップレベル。その片鱗を垣間見る事ができた。アタックは実を結ばず、アドバンテージ解消でセンタースクラムになってしまうのだが。

「ファースト・スクラム」・・・この瞬間はラグビーにおいて最も重要なプレーの一つである。柔道の世界では、組み合った瞬間に相手の実力が悟ってしまうと言われている。ラグビーも同様である。ファースト・スクラムで相手FWの実力はだいたい把握できる。スクラムで押されるような事があれば、ボクシングのジャブの如くに段階的なダメージを受け、全てのプレーに精彩を欠いてしまうのだ。このダメージはBKにも連動し、勝負の行方に直結してくる。両国はスクラムに絶対的な自信を持っていた。それにも関わらす、南アは明らかなコラプシングを犯してしまう。直線距離にして50m。イングランドの選択は、グレイソンに全てを任せる事であった。TBSの大人気スポーツドラマ「スクール☆ウォーズ」の世界では、40mキックが本物の証であった。しかし、ここは世界最高峰の戦いの場。白い楕円のボールは、当たり前のようにポールの間をすり抜けていった。イングランド先制。静粛から解き放たれたスタジアムが活気を取り戻す。セイント・ジョージクロス(イングランド国旗)がいたるところで翻され、イングランド・サポーターの多さを物語ってくれた。

イングランドの夢物語は、直後のデ・ビーアのPG成功で直ぐに現実世界に引き戻される。その後は、互い譲らずのPG合戦。静粛の中にこだまするブラスバンドのメロディーが寂しさを誘う。時折沸きあがる「イングランド・イングランド・・・」のまとまりに欠ける声援が、盛り上がりに欠けるスタジアムの静寂さを強調した。
試合が大きく動いたのは、前半32分(イングランド12-9南ア)、イングランドが3点リードで迎えた、自陣22mライン付近のラインアウトが契機。LO/グリューコックがマイボールを確保し、モールを形成するまでは問題なし。ハイパントのサインが出ていたのだろう。相手ディフェンスのオフサイドラインを解消させ、出来上がったスペースにキックを蹴りこむ戦術は定石である。しかし、モールが割り裂かれ、HO/グリーニングが孤立した状態でのサインプレー継続は危険極まりない。SH/ドーソンとSO/グレイソンには、相手プレッシャーが襲い掛かる。結果、グレイソンのミスキック。彼一人に責任を押し付けてはいけない。自陣からモールを押し込む事の意義は、相手を後退させ、プレッシャーを取り除く事である。イングランドのプレーは全くの逆効果。統一された戦術、試合の流れを掴み損ねた代償は大きい。
グレイソンのミスキックをWTB/ロッソーが逃すことなく好きキャッチ。相手ディフェンスを巻き込み、教科書通りのダウン・ボールをしたところで任務を果たす。代役を買ってでたのは、FB/モンゴメリーとCTB/ムラー。行く手を阻む純白のジャージをかき分け、確実に前進する。仕上げはやはりこの男、天才SH/ユースト・ファンデル・ヴェスト・ハイゼン。何故、彼がフィニッシャーなのであろう?素朴な疑問である。インゴールに入ったのは左サイドぎりぎりの場所。そもそも、ユースト自身はFL/ヒルの激しいタックルの餌食となり、タッチラインに押し出されている。彼の右手と、その手に覆われた楕円のボール、南ア勝利へ賭ける執念だけがインゴールに残されていた。
先制トライの起点は逆サイドのイングランドモールから。彼の運動能力ははかり知れない。試合展開を読み取るセンスが天才を裏付ける。緊迫したゲームをモノにするためにはゲームブレーカーの存在が必要不可欠になるが、ユースとは見事にそれを演じた。難しい角度からのコンバージョンをデ・ビーアが的確に成功させ、この日初めて南アがリードする展開となる。(イングランド12-16南ア)

諦めるにはまだ早い時間帯。直後にイングランドが決定的なチャンスを掴む。起点は敵陣10m右寄りのセットスクラム。イマジネーション溢れるサインプレーで完全にゲインラインを突破した。SO+CTBx2の3人でフラットなラインを引き、アウトサイドCTBにSHがダイレクトパス。インサイドCTBダミーランで注意を内側に引き付け、同時にSOがCTBの背後を走りオープンに踊り出る。パスを受け取ったSO/グレイソンは引き立て役に徹し、ブラインドWTBのライン参加に、絶妙なパスでお膳立て(グレイソンは激しいタックルの餌食になっている)。イングランドらしからぬ展開ラグビーで、ゲインラインを楽々突破。得点にこそ結びつく事は無かったが、会場が大いに盛り上がった連続攻撃であった。イングランドは7-8攻撃くらい仕掛け、丁寧にボールを保持し続けた。
しかしながら、会場のテンションとは裏腹に、単調な攻めを繰り返すチームに苛立ちを隠せないサポーターの表情も印象的であった。連続攻撃の終止符が、グレイソンが放ったDGへのチャージ終わった事は、なんとももったいなく、そして、いかにも皮肉な事であった。ボール支配率は完全にイングランド。時折見せるオープン展開にも希望の光を見出す事が出来た。

前半終了(イングランド12-16南アフリカ)

後半戦のシュミュレーションをしていると、ラグビーファンおなじみの「ワールド・イン・ユニオン」のメロディーが流れ、ワールド・カップムードを高めていた。

後半最初のチャンスを掴んだのもイングランド。敵陣10mと22mラインの間でのラインアウト。LOジョンソンの正確なキャッチを、スロアー/グリーニングにリターンパスで繋げ、サイドに流れたグリーニングとFL/ヒルがクロス。勢いに乗ったヒルは10mばかり前進した後、ポイント形成。素早いオープン展開の前に、たまらず南アはペナルティ。開始からわずか1分。(イングランド15-16南ア)。試合は振り出しに戻った。

誰もがそう思ったはず。しかし、グレイソンのPGはその後に起こる歴史的偉業の前に色あせてしまった。すなわち、南アSO/デ・ビーアによる5連続DGである。ワールドカップ新記録。観客は彼の生み出す芸術に対して、最初は大歓声で受け止め、やがて彼に対する尊敬の意に代わり、最後はため息で締めくくった。「敵陣に入りさえすれば、どこからでも決められる」。そんなオーラが体から溢れ出ていた。体か勝手に動いてしまうのだろう。きっと神様が彼に力を分け与えてくれたに違いない。
バスケットボールの神様。マイケル・ジョーダンにも時々この種の霊感が宿るという。シュートを外すというイメージは皆無。感覚に任せてショットを放てば、次の瞬間にはゴールネットにボールが吸い込まれている。
それでも、イングランドが防戦一方になってしまったと勘違いしてはいけない。グレイソンが18点目のPGを成功させ、4点差に迫った時、イングランド・サポーターは「スゥイング・ロウ」の大合唱で歓迎した。再び点差を縮めるチャンス。推定55mのPGが惜しくもゴールポストに阻まれた時も、「この距離は仕方がない」と納得した。

だけれども、拮抗した試合展開が続く中(イングランド18-25南ア)、途中後退したばかりの若き司令塔、ジョニー・ウィルキンソンがPGを外した時、勝利の女神はイングランを見捨てた。左隅35mからのPG。この日のグレイソンが確実に決めていた位置である。ウィルキンソンにとってのこの位置、この角度からのミスは計算できたはず。予選Bグループ/NZ戦でも、同じような角度からのPGを3回も外している前科が彼にはあった。

ウッドワード監督は、勝負師としてのタイミングを誤ってしまった。若き司令塔にPGを狙わせてはいけない。トライを狙いにいくのであれば、この交代は早すぎた。確かに、「3連続DP」を決められては、試合戦術をドラスティックに変更したくなる気持ちは理解できる。だがしかし、グレイソンの安定感を持ってすれば、終盤までシーソーゲームを継続する事が出来たであろう。終盤のインパクトプレーヤーとしてウィルキンソンを投入していれば、劇的な逆転が現実になっていた可能性も否定できない。

実際、ウィルキンソンのランニングは南アディフェンスを混乱させた。トップスピードで直角にスワーブを切り、対面を振り切ってからのパスは再三ゲインラインを突破した。積極果敢な攻撃は、度々、イングランドの数的優位を形成していた。イングランドによるスリリングな試合展開を堪能する事ができた。
特にFBペリーのフェアキャッチ直後に開始したカウンターは、僕を興奮させた。右隅のライン際からのオープン攻撃。WTBルーガの魅力的なランニングへと繋げる。その後も、FW/BK一体となる猛攻で70m強の大幅ゲイン。ノックオンにより攻撃は終了したものの、スタジアム全体から自然と拍手が沸き起こった。
スリリングな展開は、常にリスクが伴う事も理解しなくてはならない。イングランドは自陣からの無謀な攻めを繰り返し、自滅へのカウントダウンを開始していた事も事実である。もっとも、時間帯&試合展開を読んでの「賭け」ならば戦略的でもある。だが、この時のイングランドは完全に追い詰められた状態での大博打を打って出た。南アは冷静に対応し、着実にPG&DGで得点を重ねていく。
イングランドの最後のチャンスは後半36分(イングランド21-31南ア)のプレー。WTB/ロッソーのノータッチキックを拾ったFBペリーがカウンターを仕掛ける。ラックを形成後、SO/ウィルキンソンがブラインドサイドに流れ込む。得意のステップで、ギャップを作り出し、ライン参加したWTBキャットにパスを送る。うまく内に切れ込んできたFL/ヒルがボールをLO/コリーに渡した時、相手インゴールとの間にはFB/モンゴメリーしかいなかった。イングランドのサポート体制は万全。そして、痛恨のスローフォワード。
非常に残念な結果である。イングランドはグラウンドをフル活用し、観客を魅了するプレーを出し惜しみしなかった。WTBがボールを手にした回数も、イングランド16、南ア7であり対照的な結果となっている。心残りな点は、イングランドBKに決定力が無かった事。数的優位を何度も形成しつつも、インゴールまでたどり着く事は皆無であった。今後の躍進に期待するしかない。

「ノーサイド」の笛は両国の明暗を象徴するかの如く鳴り響いた。ロスタイムの南アのトライは、余裕があるからこそ誕生したもの。デ・ビーアがキックパスをインゴール目掛けて蹴り上げる。DGを心配していたイングランドディフェンスは、このスペースがお留守に。気まぐれな楕円球は、ワンバウンド後WTB/ロッソーの胸の中にすっぽりと入り込んでいった。

(イングランド21-44南ア)
http://sportsillustrated.cnn.com/rugby/1999/world_cup/news/1999/10/24/southafrica_england/

最後の最後まで、勝利の女神は南アに微笑み続けた。コンバージョンが成功し有終の美を飾ると、そのままノーサイド。南アサポーターが増えたのかと錯覚するくらいの、勝利の喜びが会場を包み込んでいった。最初は控えめだった南ア・サポーターが徐々に元気を取り戻していった事も事実である。
自称・イングランドサポーターである僕も、スプリング・ボクスのマフラーを身にまとい、余韻に浸っていた。すると、南アサポーターが嬉しそうに話しかけてくる。孤独と戦い続けていた僕が、悪い気持ちになるわけが無い。彼らの輪に加わり、勝利の美酒に酔いしれたかったこともあながち嘘ではない。この調子モノの性格は日本人の特徴なのであろうか?こんな人間が、真のイングランドサポーターを名乗る資格は無い。

正直に言って、国旗を全身にまとい、母国の代表を必死に応援する両国サポーターには至極心を打たれた。羨ましく思った。このような雰囲気を肌で感じたいと感じた。心の底からイングランドに声援を送っていた訳ではなかったことを痛感した僕は、突然むなしくなってきた。それは、日本から遠く離れた異国の地「スタット・デゥ・フランス」での出来事であった。

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